エアコン修理を断られた夏!私の部屋が社会から拒絶された日
うだるような暑さが続く八月の昼下がり、私の部屋のエアコンは、ブツンという短い音と共に沈黙した。壁には、飲み終えたペットボトルやコンビニ弁当の容器が、地層のように積み重なっている。このゴミの要塞の中で、エアコンだけが、私と外の世界を繋ぐ最後の生命線だった。私は震える手でスマートフォンを握りしめ、インターネットで見つけたエアコン修理業者に電話をかけた。事情を話すと、幸いにも「今日中に行けます」との返事。一筋の光明が見えた気がした。しかし、それから二時間後、私の部屋のドアを開けた作業員の男性の表情を見て、その光は脆くも消え去った。彼は、ゴミで足の踏み場もない室内を一瞥し、言葉を失っていた。そして、申し訳なさそうに、しかしきっぱりとした口調でこう言った。「申し訳ありません。この状態では、作業スペースを確保できないので…」。その言葉は、私にとって社会からの最終的な拒絶宣告のように響いた。そう、私は分かっていたのだ。この部屋が異常であることは。しかし、見ないふりをし続けてきた。その現実を、見ず知らずの他人に、冷徹に突きつけられたのだ。作業員の方が帰った後、私は熱気と絶望が充満する部屋で、一人泣いた。なぜ断られたのか。理由は明白だった。脚立を置く場所すらない。部品を広げるスペースもない。何より、この悪臭と不衛生な環境で、人に仕事をさせること自体が間違っている。この日、私は生まれて初めて、自分の部屋を、そして自分自身の人生を、客観的に見つめ直すことになった。エアコンの沈黙は、私に変化を促すための荒療治だったのかもしれない。このままではいけない。まずは、人間らしい生活を取り戻すために、このゴミの山と決別しなければ。そう固く決意した、私の長い夏が始まった。