田中さん(仮名)は、地域でも知られたゴミ屋敷の住人でした。一人暮らしの高齢男性で、家の中も外も長年にわたって溜め込まれたゴミで溢れかえっていました。近隣住民からは、悪臭や害虫に関する苦情が絶えず、民生委員も何度か訪問を試みましたが、田中さんは頑なにドアを開けようとしませんでした。私がケースワーカーとして初めて田中さん宅を訪問した時も、インターホン越しに「放っておいてくれ」と追い返されるだけでした。しかし、近隣からの情報や、時折見かける田中さんの衰弱した様子から、このまま放置することはできないと判断しました。まずは、諦めずに定期的に訪問し、玄関先に手紙を置いたり、短い挨拶を交わしたりすることから始めました。「お体の具合はいかがですか」「何か困っていることはありませんか」と、気にかけていることを伝え続けました。数ヶ月が経った頃、ようやく田中さんが少しだけドアを開けてくれるようになりました。家の中の惨状は想像以上でしたが、私は驚いた表情を見せず、穏やかに田中さんの話に耳を傾けました。若い頃の話、家族との別れ、そして孤独感。ゴミを溜め込むようになった背景には、深い寂しさがあることが分かりました。信頼関係が少しずつ築かれる中で、体調の悪化を心配し、医療機関への受診を勧めました。最初は渋っていましたが、根気強く説得し、同行することでようやく受診が実現しました。診断の結果、栄養失調と軽度の認知機能低下が見られました。これを機に、ケアマネジャーや訪問看護師、ヘルパーなど、多職種による支援チームを組みました。ケア会議を重ね、田中さんの意向を確認しながら、ゴミの片付けと生活環境の整備を進める計画を立てました。片付け当日、田中さんは不安そうな表情でしたが、私たちが常にそばに付き添い、一つ一つの物を確認しながら作業を進めたことで、少しずつ落ち着きを取り戻していきました。数日がかりで大量のゴミが撤去され、清掃と簡単な修繕が行われました。部屋が綺麗になると、田中さんの表情も明るくなりました。その後も、ヘルパーによる家事援助や訪問看護、そして私の定期的な訪問を続け、田中さんは少しずつ安定した生活を取り戻しつつあります。この事例は、一人のケースワーカーの力だけでなく、多職種連携と、何よりも本人の力を信じて寄り添い続けた結果だと感じています。