深い孤独感は、時に人を無気力にし、自分自身のケアや生活環境の維持を怠る「セルフネグレクト(自己放任)」という状態を引き起こすことがあります。そして、このセルフネグレクトが進行した結果、住まいがゴミ屋敷と化してしまうケースは少なくありません。寂しさが極まると、人は生きる意欲そのものを失いかけることがあります。社会との繋がりが絶たれ、誰からも必要とされていないと感じると、「もうどうでもいい」「何もする気が起きない」という投げやりな気持ちが心を支配します。自分の食事や入浴、着替えといった基本的な身の回りの世話すら面倒になり、部屋の掃除やゴミ出しなどは、もはや優先順位の低い、どうでもよいことになってしまうのです。ゴミが溜まり始めても、それを片付ける気力が湧かない。不衛生な環境になっても、それを改善しようという意欲が起こらない。むしろ、散らかった状態の方が、自分の荒んだ心の内を映し出しているようで、妙に落ち着くと感じてしまうことさえあるかもしれません。この状態が続くと、ゴミ屋敷化は急速に進行します。生活ゴミが放置され、害虫や悪臭が発生し、健康を害するリスクが高まります。足の踏み場もないほどの状態になれば、転倒して怪我をする危険性も増します。火災のリスクも無視できません。しかし、セルフネグレクトの状態にある本人は、これらの危険性を認識できなかったり、認識していても対処するエネルギーがなかったりします。さらに深刻なのは、セルフネグレクトがさらなる孤立を招くという悪循環です。家がゴミ屋敷化すると、人を招き入れることができなくなり、ますます社会との接点が失われます。行政や福祉の支援の手も届きにくくなり、誰にも気づかれないまま、健康状態が悪化したり、最悪の場合は孤独死に至ったりする危険性があります。ゴミ屋敷は、単に物理的に物が溜まった状態なのではなく、多くの場合、その背景に深刻な孤独感と、それが引き起こすセルフネグレクトという心の問題が潜んでいます。表面的な片付けだけでなく、本人の心のケアと社会的な繋がりを取り戻すための支援が不可欠なのです。
孤独が生む自己放任ゴミ屋敷の危険