「自分自身の世話を放棄してしまう」セルフネグレクト。健康的な食事をとらない、入浴しない、病気になっても病院へ行かない、そして住まいをゴミ屋敷にしてしまう。なぜ人は、自分自身を大切にすることができなくなってしまうのでしょうか。その心理的な背景は複雑で、一言で説明することは困難ですが、いくつかの要因が考えられます。まず、極度の「無力感」や「絶望感」が挙げられます。度重なる失敗体験や喪失体験(失業、死別、離別など)、あるいは慢性的なストレス状態が続くと、「何をしても無駄だ」「もうどうなってもいい」という無力感に襲われることがあります。将来への希望を見失い、生きる意欲そのものが低下してしまうと、自分自身のケアをするエネルギーも湧いてこなくなります。「自己肯定感の著しい低下」も大きな要因です。幼少期の虐待やネグレクト、いじめ、あるいは社会的な差別や偏見などに晒され続けると、「自分には価値がない」「生きていても仕方がない」といったネガティブな自己認識が形成されることがあります。自分自身を価値のない存在だと感じていると、自分を大切に扱おうという気持ちが起こりにくくなります。むしろ、自分を粗末に扱うことで、自己否定的な感情を強化してしまうことさえあるかもしれません。また、「精神疾患」の影響も無視できません。うつ病は意欲低下や億劫感を引き起こし、日常生活を送る気力を奪います。統合失調症では、幻覚や妄想、思考の混乱などから、現実的な生活管理が困難になることがあります。認知症では、記憶力や判断力、遂行機能の低下により、計画的な行動が取れなくなり、セルフネグレクトにつながることがあります。「社会的孤立」も深刻な影響を与えます。人との繋がりが乏しく、誰からも気にかけられていないと感じると、孤独感から無気力になり、自分の存在意義を見失いがちになります。助けを求めたいと思っても、頼れる相手がいない、あるいは相談する術を知らないという状況も、セルフネグレクトを深刻化させます。これらの要因は相互に影響し合い、セルフネグレクトという状態を作り出します。それは、本人の「怠慢」や「意志の弱さ」ではなく、心や体がSOSを発しているサインなのです。