父が亡くなったのは、私が社会人になって数年経った頃でした。母はすでに他界しており、私は一人っ子。当然、父の財産は私が相続するものと思っていました。しかし、父が一人で暮らしていた実家を訪れた時、私は言葉を失いました。そこは、私が知っているかつての家ではなく、足の踏み場もないほどの物で溢れかえった、まぎれもない「ゴミ屋敷」だったのです。玄関から物が積み重なり、リビングもキッチンも寝室も、生活ゴミや古新聞、得体の知れない雑貨などで埋め尽くされていました。鼻を突く異臭も漂っています。父がこんな環境で暮らしていたとは、全く知りませんでした。いや、薄々気づいていたのかもしれませんが、見て見ぬふりをしていました。仕事が忙しいことを理由に、実家に帰る頻度も減っていたのです。深い後悔と、父への申し訳ない気持ち、そして目の前の惨状に対する途方もない絶望感に襲われました。とりあえず、相続手続きのために財産調査を始めましたが、父にはほとんど預貯金が残っておらず、めぼしい財産はこのゴミ屋敷と化した実家だけでした。この家をどうすればいいのか。自分で片付ける?考えただけで気が遠くなります。専門業者に依頼する?インターネットで調べると、その費用は軽く百万円を超えることが分かりました。今の私にそんな大金を捻出する余裕はありません。もし相続したら、片付け費用だけでなく、固定資産税も払わなければならない。建物の老朽化も進んでいるようで、修繕も必要かもしれません。考えれば考えるほど、負の遺産としか思えませんでした。悩んだ末、私は弁護士さんに相談しました。そして、相続放棄という選択肢があることを知りました。父が遺した唯一の家を手放すことには、もちろん抵抗がありました。思い出もたくさん詰まっています。しかし、現実問題として、このゴミ屋敷を相続し、維持管理していくことは、私の経済力や精神力では不可能だと判断しました。相続放棄の手続きは、思ったよりもスムーズに進みましたが、家庭裁判所に提出する書類を集めるのは少し手間でした。そして、相続放棄が受理された時、正直に言うと、肩の荷が下りてホッとした気持ちと、父の家を守れなかったという罪悪感が入り混じった複雑な心境でした。相続放棄が最善の選択だったのか、今でも時々考えます。でも、あのまま相続していたら、私はきっと借金とストレスに押しつぶされていたでしょう。