ゴミ屋敷が辿る恐ろしい末路の一つに、大規模な火災による自滅と延焼があります。家の中だけでなく庭先まで溢れ出したゴミは、放火の格好の標的となり、また古い配線からの漏電やタバコの不始末によって、瞬く間に激しい炎に包まれます。積み上げられた乾燥した紙類やプラスチック製品は天然の燃料となり、消防隊の消火活動さえも困難にさせるほどの猛火となります。火災の結末は、単に自分の家を失うだけでは済みません。密集した住宅地では近隣の家々を焼き払い、尊い人命を奪うことさえあります。日本の法律では、重大な過失が認められた場合、失火法による免責は受けられず、近隣住民に対して莫大な損害賠償責任を負うことになります。ゴミを溜め込んだ報いが、自分だけでなく罪のない他人の生活まで破壊し、一生かかっても償いきれない負債を抱えるという絶望的な状況。焼け跡に残った黒焦げのゴミの山は、無謀な執着が招いた破滅を雄弁に物語ります。火災という名の強制的な終焉は、何もかもを焼き尽くし、ただ深い後悔と憎しみだけを地域社会に残すのです。ゴミ屋敷の主が辿る末路として、自身の心身が崩壊し、強制的に住み慣れた家を引き離されるケースがあります。セルフネグレクトの進行により、食事や入浴、排泄の管理さえ困難になった住人は、不衛生な環境下で重度の感染症や栄養失調に陥ります。近隣や行政による発見が遅れれば、命を落とす一歩手前で救急搬送されることになります。病院での治療が終わった後、彼らに帰る場所はありません。かつての住処はもはや人の住める状態ではなく、親族からも見捨てられていることが多いため、行き先は介護施設や精神病院といった管理された空間に限定されます。自分の意志で物を溜め込み、自由を謳歌しているつもりだった日々は、皮肉にも自らの健康と自由を奪うという結果で幕を閉じます。施設での生活は規則正しく、ゴミ一つない清潔なものですが、住人にとっては自らのアイデンティティであった「物」との強制的な別れを意味します。自分の人生を自分でコントロールできなくなった果ての施設送り。それは、自分の城を守り続けたつもりが、実は自ら牢獄を作り上げていたことに気づかされる、あまりにも虚しい結末です。親がゴミ屋敷を残して亡くなった際、遺された子供たちが選択する最も現実的で冷徹な末路が「相続放棄」です。かつては笑い声が絶えなかったはずの実家が、見るも無惨なゴミの山に変果てた姿を目の当たりにした時、子供たちはそこに愛情や思い出を見出すことはできません。残されたのは膨大な片付けの労力と、数百万円に及ぶ清掃費用の見積書だけです。この負の遺産から逃れるため、子供たちは家庭裁判所に相続放棄を申し立てます。これにより、ゴミ屋敷は誰にも引き取られない「所有者不在」の物件となり、最終的には国の所有物として処理されることになります。親が一生をかけて手に入れたはずの資産が、ゴミという名の付着物によって価値を失い、誰からも望まれない不要物として切り捨てられる。家族の絆さえもゴミの中に埋没し、最後は公的な手続きによって事務的に抹消される結末。相続放棄されたゴミ屋敷は、年月を経て風化し、崩壊を待つだけの廃屋となります。